「七十句八十八句」

小説家、評論家、翻訳家で、2012年に亡くなられた丸谷才一さんの句集(講談社文芸文庫)です。

タイトルからお分かりかと思いますが、古希と米寿を記念して編まれた句集をまとめ、岡野弘彦さん、長谷川櫂さんと巻いた歌仙五巻が倂録されています。

傘寿の記念に「八十句」を出す計画が実現せず、「八十八句」になったとのことです。

俳号は「玩亭」で、墓碑銘に「玩亭墓」と記されてゐるさうですから、如何に俳句を好んでゐたかが窺えます。

全体的に飄々とした句調ですが、

身はいまだ前生(サキシヨウ)にあり昼寐覚   「八十八句」 夏

    浜松の小料理屋にて

旧暦でものいふ店の夜長かな          「八十八句」 秋

露の世や前世のごとく思ひ出す         「八十八句」 秋

などが印象に残りました。

私は良い夢を見ることはあまりないやうですが、昼寝から目覚めても前生にあつたとは、丸谷さんは前世に約束されたと確信した夢を見たやうです。

旧暦のことばが漂ふ小料理屋、出てくるお酒も料理も、通い詰めたくなるほど、ひと味ふた味違ふやうな気がします。

前世から現世に通じるはかなさ。せめて来世はとの希(のぞ)みを抱いてゐたのではないでせうか。


「七十句」の読み方は「ななじゅうく」ではなく、奥付に「ななじっく」とありました。

年譜の最後、「お別れの会」に「桐朋学園教師時代」云々と記されてゐて意外でしたが、音楽関係ではなく英語を教えてゐたやうです。

Jimmy's Room

~Piano&Cello,Book etc.~